その10 借入金契約の取消をめぐるある事件

9回にわたってきた借入金に関する法律上のお話も最終回となりました。今回は、少し毛色をかえて、借入金にまつわる、ある刑事事件を紹介したいと思います。

1 経緯

ヤクザAに脅されていたYさんは、X銀行からお金を借りました。その際、Yさんは、X銀行に、借り入れたお金をヤクザAの預金口座に振り込むよう指示し、X銀行は、これに応じてお金を振り込みました。
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Yさんは、これまでにも何度かヤクザAに脅されて、ヤクザAの銀行口座にお金を振り込む形でお金を巻き上げられていたのですが、借金がかさんだYさんは、遂にX銀行へのお金の返済ができなくなり、X銀行から、利息を含めた貸金の返還を求める訴えを裁判所に起こされました。

2 裁判

裁判では、Yさんは、

X銀行からの借入金は、ヤクザAに脅されたことが原因であるとして、YさんとX銀行との間の消費貸借契約(お金を貸し借りする契約のこと…「その1 お金を借りるとはどういうことか」を参照してください)を取り消し、

X銀行は、直接ヤクザAからお金を返してもらってほしいと反論しました。

実は、法律では、脅されて結んだ契約を取り消すことができる旨の規定があります。Yさんは、ヤクザAに脅されて、X銀行からお金を借り入れる消費貸借契約を結んだので、この契約を取り消して、お金を返さなくても済むようにしてほしいと主張したのでした。

しかし、第1審、控訴審ともYさんの反論は認められませんでした。なぜなら、X銀行からお金を借りたのはYさんであって、ヤクザAではありません。

そして、今回のように、X銀行がヤクザAの銀行口座にお金を直接振り込んだ場合と、Yさんが現金を借り入れて、Yさん自身でヤクザAの銀行口座にお金を振り込んだ場合とで、結論を違える理由はなく、YさんがヤクザAから脅されていたかどうかは、X銀行には関係がないのです。

icon-arrow-circle-right かくして、YさんとX銀行の間の借入金を巡る争いの舞台は、最高裁判所へと移ることになります。

3 決着

最高裁判所は、原則に従って、ヤクザAへの振込指示の特約が付されたX銀行からの借入金を返済する義務は、Yさんが負うものとしました。

それは、YさんがヤクザAの口座に振込を指示するなんてことは、「通常の場合」、YさんとヤクザAとの間に何らかの関係がある場合がほとんどで、その場合には、YさんがヤクザAから、何らかの利益を得ていると考えるべきであって、利益を得ているYさんは、X銀行にお金を返さなければならないのは当然と判断したのです。

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けれども、今回は、YさんがX銀行からお金を借りたのは、ヤクザAに脅されたことが理由でした。そうすると、Yさんには何の利益もないのに、X銀行からの借り入れの債務だけが残ることになります。

だから、今回は、「通常の場合」にはあたらず、YさんはX銀行にお金を返さなくてもいいですよ、と判決を下しました(最三判平成10年5月26日民集52巻4号985頁)。法律の原則を踏まえつつ、ヤクザから脅されたYさんを救った画期的な判断と言えるかも知れませんね。


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